日本人の美学はどこへ 谷崎潤一郎著『陰翳礼讃』

 谷崎潤一郎といえば、性愛にはまっていく男の姿を描いた『痴人の愛』や、三姉妹が美しくも哀しい人間模様を繰り広げる『細雪』を思い浮かべる。読んだのは20、30年前であり、細かいストーリー展開は忘れたが、ぐいぐい引きつけられたことは強く印象に残る。久しぶりにその谷崎の作品を読む機会があった。

 日本の美について語る随筆『陰翳礼讃』である。日本的な美の根底には、陰影が際立つ闇があると主張する。何事も明白にさらけ出す強い光のもとでは、日本の伝統文化は魅力を失うと嘆く。確かに、闇の中に浮かぶ焚火やランプの炎を見つめる時、無限の広がる感情が湧き上がる。部屋の中はもちろん、街中の至るところまで明るく照らしだすことに夢中になってきた現代人が失ったものがいかに大きいかにも思いが及ぶ。(T)

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