人はなぜ姿を消したくなるのか 柳田国男著『山の人生』

 今年もあと1週間もなくなってしまった。そんな気持ちになるのは、周りの人々がせかせかと動いていると、自分も何かをしなければならない気分になるせいだろう。近年は大量の情報が世の中に出回り変化も激しい分、「何か分からないけど」焦ってしまう。じゃあ、すべての人間関係を断ち切って奥深い山に籠り、自分のペースで自給自足の暮らしをすればいい。しかし、情報過多や便利・お手軽生活に慣れ切った身が、時代を100年以上逆回転させるような生活ができるか自信がない。現状維持にとどまるしかない。

 本書は、世の中との関係を断ち切って人里離れた山奥で暮らすようになった人々について語っている。発狂したり事故に遭ったりするのではなく、自分の意志で姿を消す人は少なくなかったようである。人間が立ち入らない森深い山々は至るところに広がり、姿を隠せる場所はいくらでもあった一方、人の1人や2人いなくなっても家族親戚以外はしばらくすると、「神隠しにでもあったのだろう」と気にしなくなる。捜索したり監視したりする人はほとんどいなかったろう。100年以上前の話だから、現在に比べると、人里の生活と山奥の生活の段差は小さかったかもしれないが、「山の人生」を送った人々の心情を推測すると絶望的な心の闇を感じる。現代ならば「山の人生」を送ることが難しく、自己を消すか周りを消すか、どちらかの破壊的な行動に陥らざるを得ないのかもしれない。「山の人生」を失って我々は幸せなのかどうか分からない。(T)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です