嘘に逃げ場を求める現代の生きづらさ 辻村深月著『傲慢と善良』

 2月25日の投稿で紹介した平野啓一郎著『ある男』と本書の間に重要な共通点があった。2つの物語は、嘘を土台にして男女が結ばれるところから始まる。特に意識して2冊を選んだわけではないが、何となく手に取って並行して読んでいると物語の土台部分が似ていることに気づいたのである。ともに現代に書かれている小説だから、そうした部分は今の日本社会を映しているのだろう。個人が頻繁に自分の意志で居住地域や所属する団体・企業を変えられ、ネットなど多様な情報発信が可能になったことから、人間も組織もさまざまな面を抱え虚実を捉えにくくなっているかもしれない。

 一方で2つの物語の設定や展開は完全に別物であり、作者によってテーマの扱い方もまったく異なる。本書は「婚活小説」と呼べ、パートナー選びに苦労する今の時代を取り込んでいる。結婚や男女の出会いについて冷静な分析が施されているあたりは、作者が女性である影響かもしれない。一方、『ある男』では、出自を隠すための嘘という、特に現代に限った設定とは呼べないものの、個人情報が簡単に出回り出自などが暴露されやすいという点ではネット社会を反映しているだろう。また、嘘の背景にかすかながらもロマンティシズムの香りを感じるのは筆者が男性であることとかかわるかもしれない。(T)

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