新たな価値観の消長  「カッコいい」の時代②

 平野啓一郎著『「カッコいい」とは何か』は、「カッコいい」をさまざまな角度から分析しているが、興味深いのは伝統的な宗教や道徳観の衰退と結びつけたところだ。近代化が始まる前の社会では、神が創造したとされる価値観や地域の伝統を中心に、人々は社会のあり方や個人の生き方を組み立てたが、近代化が進むと、そうした価値観や伝統から解き放たれ、新たな価値観を得るようになった。科学技術の進歩もあり、人間が世界で最も素晴らしいとみなす人間至上主義であり、その流れで「カッコいい」という価値観が生まれたという。

 納得できるところはかなりある。自分の若い時を振り返ると、生活の安定を第一に考えろという親世代の忠告に対して反発し、反権力や自由、揺るがない信念を中心に据えて生きたいと思った。当時ははっきり意識しなかったが、自分にとってそれが「カッコいい」生き方だと信じた。ただ、それも熟慮の上に生まれた考えというより、流行に乗った面が強く、他人からカッコよいと思われたい欲望もあった。

 今でも「カッコいい」は通用するのだろうか。「カッコいい」という言葉自体が聞かれなくなった気がする。街中の人の流れを見ていると、以前のようなファッションの流行は感じない。よく見かける歩きスマホの光景には「カッコ悪い」が頭に浮かぶ。Yチューブには目立つかもしれないが、とても「カッコいい」とは思えない動画がアップされる。「カッコいい」「カッコ悪い」で判断した私たちの時代とは変わりつつあるのか。それとも「カッコいい」の基準が変わっただけなのか。(T)

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