ユタ誕生に降りかかる過酷な試練  谷川健一著『神に追われて 沖縄の憑依民俗学』①

 沖縄では、悩みや苦しみを抱える人々から相談を受け、神の声を助言として伝える人を「ユタ」と呼び、現在でもそれなりの数の人がユタとしての活動をしていると聞いたことはあるが、どのようにしてユタが誕生するか具体的な例はまったく知らなかった。霊感が強い人が知人や友人から相談を受けるうちにユタと見なされるくらいを想像していた。

 しかし、本書に登場するユタは凄まじい道をたどる。神に見込まれて指名を受け、本人はなりたくないと逃げ回るが、本人や周囲の者たちに過酷な仕打ちが加わり、表題のとおり「神に追われて」状態となり、最終的に諦めてユタとなる。途端にひっきりなしに相談に来る人が訪れるが、本人が消耗するだけでなく、家族内の不和にもつながる。本書で紹介されるユタは2回の離婚を経験する。神に仕えるために、数々の苦難が降りかかる光景はまさにキリスト教などで描かれる受難の歴史に重ね合わせられる。しかも、キリスト教の聖書のような書物はないものの、ユタになる過程で見られる現象や儀式は、すでに多くの類例があるらしくそれぞれ用語がつけられている。つまり、多くのユタが共有するらしい。

 本書の内容をすべて現実に起こったことと信じられないとしても、すべてが作り話や思い込み、錯覚、幻覚と片付けるにも無理がある。世の中に起こることすべてを合理的、科学的に説明できるわけではない。当人やその家族が受け入れられる範囲で苦難が起こるとは限らない。ユタをめぐる信仰とは、そうした理解を超えたり耐えられる範囲を越えたりする苦悩が起きた時、なんとか地域全体で受け止め、魂を鎮める方法を模索するうちに構築された宗教世界のように思える。本書の主な舞台は宮古島である。この宗教世界は、干ばつや風水害など離島ゆえの自然災害に加え、人頭税に象徴される琉球王国の過酷な搾取など受けた歴史ともかかわるのかもしれない。(T)

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