倒錯と無機質が蔓延する未来 多和田葉子著『献灯使』
本書で描かれる世界は最初、ほんの一部しか顔を出さない。「犬貸し屋」で犬を借りて30分ほど外を走った老人が戻ってくる場面から始まる。「犬貸し屋」など聞きなれない言葉が少しずつ使われ、だんだん違和感が積み重なり、倒錯した未来の日本が全貌を現す。老人が健剛になり子供が虚弱になる。日本は鎖国し外来語が駆逐される。荒唐無稽な設定と思いながら読み進めるが、現代のアンバランスな部分がより先鋭化すればありえない話ではないのではと考え始める。現実感を覚えたのは、そうした変化に対して、老人は嘆き憂慮する一方、若者や子供は無機質的に素直に受け止める。だから、全体として悲壮感はまったく漂わない。(T)