正義を根本から揺るがす時代 ベンジャミン・クリッツァー著『モヤモヤする正義』①
もともと一点の曇りのない正義など存在しないのだろう。しかし、近年の社会問題をめぐる議論では、ほとんど揺るぎないと思われた「正義」が揺らぎ始めた。1つにはネット社会の到来が大きいだろう。これまでは新聞、雑誌、書籍などの紙媒体で、言論人、専門家、当局者といった一部の限られた人たちが意見や分析を主張し世論をリードしてきた。

ところが、ネットを通じて一般市民も発言の機会を得て世論の流れをつくることが可能となった。しかも、新たなネット世論のスターの中には、従来の言論人たちが掲げてきた「言論の自由」「多様性の尊重」の御旗を逆手にとって以前ならば議論のテーブルにも乗らないような怪しげな主張や偏重した意見を持ち出したり、待遇改善を訴える少数者を攻撃したりする人々もみられる。専門的な議論を経ないのはもちろん、事実確認もあいまいなまま「疑惑」のレッテルをはりつけたり、意見や主張の内容にとどまらず論敵の社会的な活動や地位そのものを著しく貶めたりする状況も起きている。リンチの様相を呈しながらも「言論の自由」という。こうした正義をめぐる混乱を「モヤモヤ」と呼ぶようだ。