山人が出現する近代以前の日本 高取正男著『宗教民俗学』②

本書の前半に掲載される「宗教と社会」や「村を訪れる人と神」で興味深いのは、近代以前の日本では農耕・定着生活を選ばない人々が相当数いたという指摘だ。学校の日本史では、大陸から稲作文化が伝わると日本人は農耕・定着生活に入り、村などの指導者が富と権力を蓄積し周辺地域を統合しやがて統一国家を樹立する、みたいに習ったが、本書の筆者によれば、近代以前の農業は貧弱で不安な時期が長く続き、歴史教科書的な社会に転換した地域と人々は一部に過ぎなかったと指摘する。
確かに工業化された現代では、短期間のうちに全国津々浦々に情報や技術が伝わり、ほとんど似たような暮らしを送るという社会に慣れていれば、教科書的に時代が展開すると、知らず知らずに思い込んでい面は小さくない。近代以前のように情報や技術の伝わりが緩やかで地域の事情が大きく異なれば、狩猟・採取に重きを置き焼き畑農業などにも取り組みながら移動や漂白を繰り返す人々が相当数いても不思議はあるまい。
こうした山の民に対して、平地の村人たちは貧弱な生産を補うために、物々交換などで接触を繰り返す。そのうちに、彼らの異質性に恐れや畏怖を抱くとともに、山岳に対する独特の思想に影響を受け、宗教の萌芽が生まれるのも自然の流れかもしれない。