ブラック・ジャックと沖縄

 手塚治虫の「ブラック・ジャック」といえば、少年時代に最も印象に残った漫画の一つだった。沖縄県立美術館で作品展が開かれる機会に、改めて作品のストーリーを振り返ると、ブラック・ジャックと沖縄とのかかわりに気づいた。少年チャンピオンで連載中にはまったく頭になかった。

 作品中でははっきりと沖縄との関係は語られていないが、2つのキーワードが関係をにおわせる。1つは不発弾であり、もう1つは混血児である。ブラック・ジャックは顔を含め全身に縫合された傷跡が残るが、これは不発弾の爆発によって少年時代に全身がボロボロになったため。沖縄以外の可能性もあるが、戦後も不発弾が地中に残る数が多いのは圧倒的に沖縄だろう。

 また、ブラック・ジャック少年が皮膚の移植が必要になった時、唯一皮膚を提供してくれたのが混血児の友人だった。顔の一部の皮膚の色が異なるのはそのためだ。混血児といえば米軍基地が居座り多くの米兵が駐留してきた沖縄を思い浮かべたとしても不思議はないだろう。また、ブラック・ジャックが手術で得た多額の治療費を島の購入に充てていたことを明かし、その一つに沖縄特有の亀甲墓が残る島を登場させる回もある。

 少年チャンピオンでブラック・ジャックの連載が始まったのが1973年。沖縄の本土復帰からまだあまり時間が経過していない。私は子供の頃、沖縄にほとんど関心を寄せることはなかったが、手塚治虫の脳裏に沖縄問題が渦巻いていても不思議はない。これ以外にもブラック・ジャックでは核兵器や公害、ベトナム戦争、コインロッカーベイビーなど社会問題が織り込まれている。 

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