手塚治虫の気迫はどこから?

 沖縄県立博物館で開催されている「ブラック・ジャック展」を見た後に館内の売店で、展示する原稿を掲載したアートブックを購入した。「BLACK JACK」の黒文字以外は真っ白な非常にシンプルな装丁であるが、中を開くと少年チャンピオンに連載中に読んだ時の複雑な感慨が蘇る。とにかく異様だった。主人公は無免許の天才外科医。法外な治療費を求め、時に怒り、叫ぶ。本人はもちろん多様な登場人物が駆け回り飛び跳ね去って行く。頻繁にグロテスクな内臓や手術の絵がアップで紙面に広がる。目を背けたくなるのではなく、グイグイ引き込まれる。でも、主人公は憧れのヒーローではない。読み手としてはその生きる姿を呆然と眺めるしかなかった。

 なぜなのか。当時は想像もできなかった。今、改めて振り返るとなんとなく分かる気がする。アートブックの巻末インタビューでも触れているように、当時の手塚治虫の置かれた立場が深くかかわったのかもしれない。手塚は経営する会社が倒産し、漫画家としても人気が低迷して追い込まれていた。これでダメならば次はない。腹をくくったという表現がふさわしいのだろる。起死回生の作品として持てる力をすべてぶつけた。子供向けという手加減はない。主人公ブラック・ジャックは、欲にまみれた世の中で矛盾を抱えながら生き抜こうとする彼自身の投影に見えてくる。

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