沖縄からネット時代の花見を考える

那覇市内でもサクラ(沖縄ではソメイヨシノではなく緋寒桜)がちらほら花をつけるようになった。県外ならばサクラが咲くと花見をしようかという機運になるのだろうが、木の下にシートを敷いて知人や仲間で集まって飲み食いをするという形式の花見は沖縄ではほとんど見られない。見て愛でるだけだ。
沖縄では今が一番寒い季節であることや、年間を通してさまざまな草木の花が咲く上、ヒラヒラ散るソメイヨシノとは違い、緋寒桜はまるごと花がポトリ落ちて特別感がない。加えて、沖縄社会では旧暦行事が比較的残って、地域や血縁の結びつきもまだ強く、親類・友人で集まる機会が多いため、あえてサクラが咲いたから宴会を開く必要がないのではないか。個人的にはそう考える。
沖縄を見る目を東京など都会へ向けると、人と人が顔を合わせて言葉を交わす機会が減っていることに思いが及ぶ。直接顔を合わせないと伝わらないものがたくさんあると感じる昭和世代の私としてはどこか違和感を覚える。ラインやメールなどネット上の連絡で事足りることが多くなっている。仕事上の事務的な連絡はネットを通せば手軽でいいが、短い言葉のやりとりだけでは気持ちが伝わらず物足りなかったり誤解を生んだりすることはないのか。最近、東京の花見に直接触れる機会はないが、ニュースなどによれば現在でも盛んに花見の宴会が繰り広げられるのも仲間や友人が集まれる貴重な機会だからか。それとも花見の宴会など面倒だからと敬遠する人が増え、全体としては花見の宴会は衰微していくのか。

