日本社会の病巣はどこに?①
加藤諦三著『日本型うつ病社会の構造』のタイトルは挑戦的に聞こえるが、うなずける部分もある。「幸福」や「希望」に関する国際的な意識調査をすると、たいてい日本が最下位に沈む。国民が全体的に病んでいるという気もする。日本という社会全体にうつ病をあてはめられるかどうかは別にして、この国を広く覆う重い空気の出どころは探らねばならない。
著者は、日本人が気質に合わない社会変革を重ねてきたことを根本的な原因とみる。日本人は、一つのことに固執する傾向にあって、小さな改良を加えながらコツコツとモノをつくることに喜びを覚える。急激な変化やギャンブル的な行動を避け「石橋を叩いて渡る」慎重な振る舞いを好む。自分で判断し集団から抜け出て行動するよりは、他人を横目で見ながら一緒に行動することに安心感を抱く。
明治維新以来、世界の潮流に乗り遅れまいと西洋化が進められてきた。基盤にあるキリスト教の精神を引きはがし、表層にある科学技術や合理主義、社会制度を取り入れることに躍起になった。太平洋戦争で敗戦すると、この流れはさらに加速。伝統的な価値観や風習、道徳観、地縁・血縁は、民主化を妨げる悪しき旧弊として解体される。
急激な社会転換にさらされ戸惑う一方、それまで個人を支えていた人間関係や共同体が希薄になる。旧来の柵(しがらみ)から自由になれたはずだが、代わりとなる価値観や道徳観はない。足が着かない大洋の真ん中に放り出されたように、自分を安定させる絆もなければ、自分の位置を確かめる座標もない。不安と心許なさを抱えながら社会を漂流する。何かしら確かなものを得ようとすれば、手っ取り早いのが金銭に換算することだ。
行動の価値や成果をはじめ生活のあらゆるものが数字で表せ、経済至上主義に向かう。価値や成果を分かりやすく把握できることは、同時に人と人を数字で簡単に比べやすくもなる。もともと他人を横目でにらむ習性がついているため、他人に遅れをとるまいと学校での成績から会社での成果まで競争を加速させる。さらに国際競争にさらされる時代には、他国の動きをにらんで、能力主義や個性主義、起業ベンチャー、IT化といった新しいシステムが取り入れられ適応することが求められる。
こうした社会の変化を経て、日本人一人ひとりが人生に確かな手ごたえを得たかどうかは明白だろう。著者は欧米流の経済政策や企業政策が日本人の気質に合っていないと指摘する。日本人は大きな変化に適応してきたように見えるものの、自殺の多さや幸福感の薄さから心の歪みが透けてみえる。長年の歴史で培った気質はそう簡単に変わらない。日本人に合った企業政策の一例として、かつては旧弊とされていた年功序列を復活すべきと提唱する。日本人はもともと企業への忠誠心が強く、上司が細かく注意しなくてもコツコツまじめに仕事をこなす。年功序列によって安定した生活が約束されていたから、まじめに仕事に取り組み、安心してお金も使うことができる。そうした安定した生活設計が奪われることにより仕事への意欲が減り、将来への不安から消費を控える傾向に向かい、経済の循環も縮小再生産を繰り返す。(T)