薄らぐ沖縄への共感 本土復帰50周年①
今年は沖縄が本土に復帰して半世紀の節目であり、県知事の選挙が実施される年でもある。メディアでは沖縄と本土の関係にスポットライトを当てる企画が立てられよう。両者の間の長年のわだかまりである米軍基地の問題に触れらることになろうが、単に迷惑施設の扱いという問題に矮小化されかねない不安がある。
例えば、1月23日に投開票が実施された名護市長選。新基地建設の地元、辺野古を抱えることから全国ニュースで扱われたが、新基地建設反対を訴えた新人候補が現職候補に敗れたという事実を淡々と伝えた。歴史という文脈で新基地建設が語られることはなく、沖縄への共感が薄らいでいることを感じる。
2018年に死去した翁長雄志知事が、在任中に出版した『戦う民意』の中で、ここ数十年で政治家の態度が明らかに変わったことを記している。かつては与党の大物政治家は、沖縄戦とその後の米軍統治や基地負担に深い関心を寄せていたものの、2000年代以降、沖縄に対する冷淡さや無関心が目立つようになったという。中でも2013年、参議院予算委員会の委員8人が超党派で沖縄に来て、基地を抱える市町村の首長との意見交換会した時について次のように記している。
「普天間基地の県外移設に話が及び、地元の市長が『なんとか基地の整理縮小を』と話すと、自民党の三期目の議員が大声でこう言い放ちました。
『本土が受けないと言っているんだから、沖縄が受けるべきだろう。不毛な議論は止めようや』
沖縄のために調査に来た国会議員が、そういう言葉を吐く。(中略)私は絶望感にとらわれました」
こうした態度をとる国会議員が現れる原因としては、沖縄が背負った歴史を学んでいないことが考えられよう。学んでいたら上記のような言葉は口にできまい。歴史を知らないから、沖縄も単に迷惑施設を嫌うほかの地域と同じにしかみえないのだろう。(T)