どうしようもない自意識の氾濫 西村賢太著『苦役列車』
オレはかけがえない人間である。こういう自意識が現代社会の根っこにあることは間違いあるまい。一人ひとりが努力して自分の特性を磨き、社会に向かって意志表示し現代社会が築かれた。一方で、自分とは何か意識するためには他人と自分を比べないわけにはいかない。おまけに、現代社会は経済成長のために、さまざまな面で欲望を刺激し、他人との比較で生まれる嫉妬や虚栄心、劣等感、優越感を煽る。
大方の人間はそうした負の感情を抑えたりオブラートでくるんだりして、他人と何とか折り合いをつけ社会生活を送る。しかし、本書の主人公・貫多は人一倍、欲望が強く負の感情も激しいため、常識人たちができる虚飾の振る舞いに滑稽さや怒りを覚え、寂しがりにもかかわらず他人と折り合いをつけられない。職場でも私生活でも孤立し経済的に困窮し、まともな生活を送ることが難しくなるが、彼の生き方によって、我々が何を失い社会生活を成り立たせているか意識する。(T)