食をめぐる悪意と欲望のゆらぎ 高瀬隼人著『おいしいごはんが食べられますように』

 このタイトルを見た時、最近流行りのグルメ小説かと思った。これまでとは毛色の違うものを読んでみようと手にとったが、ページをたぐるうちに予想は裏切られた。確かに食ベ物が細かく描写されるものの、特別に高級だったり美味だったりする料理は登場しない。もっぱらありふれた料理が現れ、場合によっては敢えてまずそうな表現が使われる。

 小説の中心は職場の人間関係。どこにでもありそうな職場に、どこにでもいそうな人々の心理が交錯する。それが読み手を引きつける物語になるのは著者の力量だろう。今の日本はおしなべて、職場で「問題」や「もめごと」の表面化を避けるため、個人的な思いを意識の下へ押し込め、無難な決まり文句と作り笑いで感情のゆらぎを抑えてきた。

  しかし、押し込まれた思いは消えることなく意識の下で蓄積される。特に食をめぐる感情は個人の生活の積み重ねであり簡単に打ち消せない。多くの人は抑え込んだまま生きられるのかもしれないが、感情を爆発させて職場を去る人もいる。本書の主人公は違和感を抱えながらも取り繕う道を選ぶ一方、将来破綻しかねない危険な予感も漂わせる

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