曖昧化する人間と機械の境界 平野啓一郎著『本心』

AI(人工知能)やアバターなど最新技術といえば、我々昭和世代にとっては敵にしか見えない。感情や感覚といった人間らしい部分をデジタルや機械で置き換えられてしまうという恐怖心がある。しかし、著者はあえて小説のテーマに取り入れることによって、心とは何か、人間の生と死とは何か、あぶりだそうとしている。人間を再現する過程がリアリティーをもって本書では描かれている。
主人公の男性は20代の終わりを迎える頃、母親をVF(バーチャル・フィギュア)で蘇らせるところから物語は始まる。舞台となる近未来では、専門会社に依頼すれば精巧な故人のVFを製作できる。母子家庭で育った彼は、母親を失った淋しさを埋めるとともに、彼女の本心を探る手立てとなることを期待した。母親は事故で命を落とすが、その直前まで自らの意思で死期を選ぶ「自由死」を希望していた。彼女が口にしていた「十分生きた」という理由が本当なのか。長生きによって主人公に経済的な負担をかけたくないからか。それ以外の理由があったのか。どれが真実か確信を持てなかった。
本書では格差社会の未来も予測する 。AIによって人間の心の再現に近づき、VR(仮想現実)の発達によって時間や空間の壁を軽々と越え、何者にでもなることができ、どこにでも赴くことができるかのようにみえる。一方、科学技術の発達による恩恵を被る一部の富裕層と、AIやロボットに置き換えられない非効率な肉体労働に従事する多数の貧困層により明確に分かれ、格差は広がっていく。

