高校生が戦後の歪みと真正面から格闘 赤坂真理著『東京プリズン』

 なんとなく気になっていても実際には手に取って読みにくい本の一つが本書だった。500ページを超える厚さもさながら、なんとなく耳にしていたテーマの重さが躊躇させた。最近、10日ほどの県外旅行に出て、飛行機や電車の移動の際や待ち時間にはほかにすることがなく、集中して読み切ることができた。読み進めながら、なるほど、このテーマを小説としてこういうふうに料理したのかと感心した。

 本書は、天皇の戦争責任を論議する場面がクライマックスに来る。複雑な理屈や歴史的事実の指摘が登場し、とても小説という手法にはなじまないテーマのように思える。ところが、実際には強引な理論展開や小難しい言葉の羅列はなく重苦しさを感じないまま物語は最終局面に流れ落ちる。舞台が米国の東北部に位置する田舎で、ディベートという論議のゲーム形式をとったことが大きいだろう。米国人たちは日本人のようなタブーを設けず、日本人が神経をすり減らすような領域の話題にもずけずけと入り込んで疑問を投げかけ質問する。

 しかも、近現代史についてほとんど無知だった日本人の女子高校生が主人公として資料を調べ、日本についてあまり知識がないような米国人でも理解できるように考えをまとめるため、専門的な知識や理論は使わず、すべて単純で分かりやすい用語や概念に落とし込んでいく。それゆえ、日本人が戦後、何をタブーとして議論や説明を避け、なぜ戦後日本や日米関係の歪みが生まれたかが浮かび上がってくる。一方、一組の母娘の関係を軸に、戦後日本の歩んだ道を捉えようとしているせいか、数十年の時間も日米の距離も頻繁に飛び越えて場面が移動し、物語は時としてベトナムや古代世界、さらには地球全体を俯瞰するような複雑な重層構造を成している。

 

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