鹿野政直著『沖縄の淵』

 今「日本人とは何か」を本気で考える機会は少ない気がする。日本人であるがゆえに肩身が狭い思いをすることはなく、悩むこともないからだ。むしろ、「日本人万歳!」の空気が充満するメディアさえ時折見かける。日本人であることが特権であるかのように扱う。さらに最近の新型コロナウィルスの感染拡大は、国境を閉ざし交流を断ち切る方向へ国全体を押し流し、さらに人の心を内向きにさせかねない恐ろしさを秘める。

 もう1度「日本人とは何か」を問いかけ、日本の成り立ちを振り返るには沖縄は重要な視点になるはずだ。鹿野政直著『沖縄の淵』(岩波現代文庫)が読み解く伊波普猷は、琉球王国が解体され日本に同化されていく過程そのもの。「沖縄学」の父と呼ばれた伊波は日本人と琉球人のアイデンティティーの間で揺れ動きながら、思索と研究を重ねる。彼の生涯をたどる中で、強烈な同化の流れと戦争の猛威によって多くの貴重な文化や精神が失われたことを痛感せざるを得ない。つい先日まで叫ばれていた多様性も、新型コロナウィルスの嵐によって今は影も形も見えない。こんな状態がいつまでも続かないことを祈るしかない。(T)

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