加藤典洋『敗戦後論』について:平和憲法
難しい書である。簡単にあらすじをまとめられない。簡明な言葉に集約されることを拒む表現が随所にちりばめられている。しかし、筆者の問題意識はひしひしと伝わり、自分の中で大きく共鳴するものがある。例えば、平和憲法をめぐる護憲派と改憲派の違いを「一つの人格の分裂」と言い表す。
護憲派と改憲派の色分けは明快だが、どこかしっくりしないものを感じてきた。両者の根は同じところにあると考えれば腑に落ちる。護憲派は武力の使用を否定しながらも、巨大な軍事力と戦勝国の立場を背景に米国が、日本から戦力を奪うという国益に基づいて平和憲法を押し付け、その後も日本を従属的地位に置き続けた事実から目を背けている。
一方、改憲派は押し付け憲法を強調しながらも、平和主義に代わる国の守り方を示さず(在日米軍基地をそのままにした日米同盟を追認)、平和主義によって経済成長に専念できた利益には触れない。いずれにしても、安全保障は核の傘をはじめ米軍の抑止力に頼り、基地負担の大半は沖縄に押し付けたままの構造は変わらない。
敗戦によって、天皇を中心とした君主制から、自由と人権を尊重する民主制へ一気に価値観を転換したことによって歪みが生まれ、その歪みを解決しないまま戦後が経過してきた。本来ならば、どのような社会を築き、戦火を交えた国や戦中に侵略した国といかに向き合うべきか、多くの国民的な議論と合意を重ね、国家戦略を組み立てる必要があった。しかし、十分な議論や戦略のないまま、平和と自由と繁栄という恩恵を浴びることばかりに気をとられてきたのではないか。