『経済成長主義への訣別』

 刺激的であると同時に、いつかは向き合わなければならない。そんなタイトルだ。いろいろ文献の引用などはあるものの、著者・佐伯啓思氏の主張ははっきりしている。経済成長第一をやめて人間らしさを取り戻そう、である。

 経済成長を優先しようと思えば、なるべく多くのモノを捨て、欲望を限りなく拡大させ、より多くのモノを買い続けなければならない。家族や友人とのたわいもない会話をする、ぼっーと空を見上げて息抜きをする、何にも役にたたない趣味に没頭する、そういった時間を減らし、経済活動により多くの時間を費やせ! になる。

 経済成長すること自体が悪ではないが、経済成長を優先させようとすれば多くの不幸が生まれる。限りある資源を浪費し、人間らしい時間を失う。食うや食わずの時代、廃墟から立ち上がろうとした時代は、経済成長を第一にするのも仕方なかったのかもしれない。

 しかし、現在の日本のように、モノが行き渡ったにもかかわらず、経済成長主義を続けようとすれば、狭い国土に多くの人が住む日本では、祖先から受け継いできた貴重な自然や伝統を壊しかねない。ある程度、腹が満たされている人間に無理やり食べ物を詰め込み、足腰の弱った高齢者にドーピングをして激しい100メートル走をさせるようなもの。決して人を幸せにしない。

 一部の政治家が声高に叫ぶように、日本が高度経済成長を再び取り戻すことなどできないということは、たいていの人は漠然とながらも理解しているだろう。問題は経済成長主義に代わる尺度を見つけられないことだ。

 経済成長とは数字の魔力でもある。誰でも分かりやすい数字で示せる。一方、数字以外の幸せは何となく思い浮かべることはできても、空に浮かぶ雲のように、見えてはいても確証をつかめない。つい、数字という分かりやすさに逃げてしまう。それが、われわれ日本人の現状だろう。

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