大城立裕『光源を求めて 戦後50年と私』

戦後50年の沖縄とともに作家として自身の歩みを振り返ったエッセイ集である。興味深いのは1972年の本土復帰をどう捉えるか、知識人の考え方の違いである。すでに沖縄の復帰が既定路線になった段階でも、新川明氏らは「反復帰」を掲げるが、著者はこれに批判的な目を向ける。 

 「世に復帰論が燃え盛っているが、それに水をかけたのである。私が同化と異化などと鵺のようなことを言って、ある種の人たちには『大城は何を言っているか分からない』と、首をかしげられているはたで、きわめて明快に、『沖縄は明らかに日本とは別物である』と割り切り、堂々と『反復帰』を唱えたのである」。「まことに恰好がよい。が、私はこれを恰好が良すぎる、と見ていた」

 一方、著者は小説家という道を選んだせいだろう、思想的な明快さよりも現実を正確に描写することを選ぶ。「沖縄のアイデンティティーというものは、私には正直いって、同化と異化のはざまを揺れ動いている、まことに割り切れない、恰好のよくないものに見えた」と語る。

 また、作家として生活することの大変さも垣間見られる。著者は沖縄出身者として初めて芥川賞を受賞し、東京の編集者や作家から東京に出てくるように勧められるが、結局はこれらを断って琉球政府の公務員を続ける。「沖縄にこだわっている」と称賛されるものの、文筆だけで食べていく自信がなかったと告白する。小学生の息子たちを抱えていた。「東京へ出ていかなくてもよいようになったのは、まったく『沖縄』のおかげである。琉球政府の首脳部が、わざわざ考えてくれて、暇のところへ移してくれた。沖縄じゅうの名誉をあげ、自信をつけてくれた、という意味をふくんでいたようだ。東京あたりでは、受賞したとたんに職場で仲間はずれにされ、辞めろと言わぬばかりの嫌がらせをされる、という話も聞いたのだが」(T)

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