弱者の歴史をエンターテインメント化

 歴史とはたいていが強者や勝者の歴史。弱者や敗者の歴史はなかなか日が当たらない。一般的に登場人物が知名度に欠けたり、読んでも面白みがなかったりするせいだろう。自民党の某有力政治家は、沖縄県の翁長前知事から戦後の沖縄史を説明されても「私は戦後生まれなので、沖縄の戦後史は知らない」と答えたと伝えられるように、弱者や敗者が強者や勝者によって蹂躙されてきた歴史の中には、「知らない」または、「知らないふりをする」方が権力者にとって都合のよいことが多いのかもしれない。

 いずれにせよ、なかなか小説にしにくいテーマを取り上げたのは、川越宗一著『天地に燦たち』である。同書は、豊臣秀吉の朝鮮出兵や薩摩藩の琉球侵攻によって苦悩する人々を描く。ほとんど歴史的事実そのものを知らないか、事実としては知っていても注目することのない内容だろう。儒教というなじみにくい内容が織り込まれるなど歴史の描き方には賛否があろうが、歴史エンターテイメント小説として朝鮮出兵や琉球侵攻にスポットライトを当てたというだけでも評価すべきと思う。川越氏は2020年1月発表の直木賞を受賞したが、受賞作品『熱源』は大国に押しつぶされそうなアイヌやポーランド人をテーマにしており、『天地に燦たち』とは舞台になる時代も地域もまったく異なるのは驚きである。(T)

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