日本人起源を問う「海上の道」 柳田國男と沖縄1

 仕事の関係もあって『恩納村史 考古編』を読んだが、興味深いのは貝交易の拠点が弥生時代から沖縄にいくつもあった点だ。沖縄周辺の海で採れた貝を拠点に集めて一部は加工を施した後、九州などへ移出していた。南海産の貝は九州に限らず、西日本一帯や朝鮮半島南部からも出土されており幅広く流通していたことがうかがわれる。ヒトやモノの移動は限定的と考えていた時代に、海や山を越え日本全体に及ぶヒトやモノの交流があり、そうした流れに乗るほど南海産の貝が求められていたことが浮き彫りになる。

 思い出されるのは、柳田國男の『海上の道』である。考古学的な成果が世に出ていない、今から70年以上前に書かれたが、沖縄など南海地域では、地元産の貝が祖先となる人々をひきつけたのではないかと指摘した。民俗学の立場から本土と南海地域に伝わる物語を比較するうちに、両地域が交流した痕跡に気づいたようだ。未開の小さな島に定住するには、最初から家族を連れて移り住む強い覚悟が必要であり、遭難して偶然流れ着き、人が住むようになったとは考えにくい。なぜ人が渡ってきたか推測するうちに、古代中国などで珍重された南海産の貝に着目したのである。(T)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です