失敗しない人生の先にある大きな失敗 辻村深月著『傲慢と善良』②

 本書の巻末で朝井リョウ氏がまとめた「解説」が興味深い。特に「謙虚と自己愛の強さが両立する」と語る点だ。自分なりに勝手に解釈させてもらうと、表題の「傲慢と善良」もそうだが、「謙虚」と「強い自己愛」という正反対に見える2つの態度は、失敗しない人生(本書では「不正解のない人生」と書いている)を送ろうとすると矛盾なく成立してしまう。

「失敗しない」にしろ「不正解のない」にしろ、何を基準に判断するかといえば世間一般の常識だ。成人前の成長段階では、親や学校の教師らが提供する世間一般の基準にそのまま従う分には、「善良」や「謙虚」に見える。周りからは「いい子」「優秀」とほめそやされて「失敗しない」「不正解のない」自分への評価は着実に高まり自己愛も肥大していく。

 しかし、成人し自分で人生の選択をするとなると、意識せず相手にも「失敗しない」「不正解のない」を求める一方、実社会では「失敗」や「不正解」はいたるところにころがっていて、ぱっと見たところ満足できる相手に出会えることはごくまれ。特に本書の場合は結婚相手選びに焦点を当てているが、たいていの人は相手に対して「失敗」「不正解」の烙印を押すことになる。はたから見るとひどく「傲慢」に映ってしまう。

 朝井リョウ氏はこれを現代の病理のようなものと考える。失敗を避け減点法の人生を続けるうちに、何に自分が不満を抱いているのか、何を本当に望んでいるか分からなくなる。さらに、「失敗のない」結果ばかりが続けば自己愛を満たし続けられるが、もしそうでなくなった時、自己愛の行き場がなくなる。反動で強烈な自己否定に陥る危険性を秘めている。(T)

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