なぜ議論はかみ合わないか マイケル・サンデル著『実力も運のうち 能力主義は正義か?』③

 近年、アメリカ社会の重大な課題としてトランプ人気に象徴されるように、国民の分断がよく取り上げられるが、本書も第4章「学歴偏重主義」でこれに触れている。気候変動を例にとり、オバマ氏は大統領時代、科学的な知識の普及が国民の間で進めば、地球温暖化対策に向けて国民が団結できるとしていたが、本書ではここに社会分断の原因があると指摘する。オバマ氏のようなリベラル・エリートとって地球温暖化は科学の領域にある価値中立的な事実であり、ほとんど素通りしてきた。しかし、これこそは政治的な説得や議論が必要な領域であり、高学歴エリートたちが失敗してきた原因と見なす。様々なメディアが乱立する時代では、誰も一致して認められる事実はほとんどない。教育や生活の環境、職場や政治的立場などよって事実の受け止め方に大きな差が出てしまう。

 日本政府が福島第一原発の「処理水」放出をめぐって中国が強く反発し、日本からの海産物を全面的に輸入禁止にする事件を思い出した。中国の対抗措置には政治的な意図も感じるが、、ニュースで伝えられる部分では、日本政府は「科学的根拠」を全面に押し出すあまり、十分な議論や交渉を重ねたのかどうか疑問な面もある。日本国内ならば政府の立場として押し切れるかもしれないが、それぞれの主権を持つ外国には国内のようなやり方は通用せず、しかも中国のような日本よりも国力が上回る国となればなおさら。そもそも科学といえども研究が進むにつれて定説が変わることは珍しくない。「科学的根拠」で押し切るだけでなく、丁寧な説得は分断を避けるためには欠かせない作業だろう。(T)

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