心の楽屋が必要な現代人 きたやまおさむ著『コブのない駱駝』

「帰って来たヨッパライ」「戦争を知らない子供たち」「風」「あの素晴しい愛をもう一度」。私たちの世代には思い出深い名曲の作詞を手がけた著者が、サブタイトル「きたやむおさむ『心』の軌跡」とあるように人生を振り返ることに興味がわかないはずがない。意外だったのが、著者は精神科医の道を進んでいたことだ。医大生の時代、加藤和彦氏らとともにフォーク・クルセダーズを結成し1年間限定で音楽活動をした後、医師としての訓練や実践を重ねながら作詞や芸能活動を続けていた。

 名曲が生まれた舞台裏に触れた部分では、自由を追い求める時代の息遣いを感じ、懐かしさや羨ましさが入り混じる。それ以上に考えさせられたのは、精神科医として自己分析したところだ。医学だけに専念せず音楽などほかの世界にも足を踏み入れてきたことを振り返り、それを肯定している。とかくわが国では「一途」「一筋」など一つの道に専念することをよしとして、他の道にそれることは「わがまま」「気まぐれ」「現実逃避」と見なす文化がある。実際、医学以外の活動にも踏み込む著者に対する風当たりは厳しかったという。

 しかし、人間は一つの事柄を追求し機械のように同じことを繰り返していては、心は張り詰めた糸のように切れかねない人が多いだろう。どこか満たされない気分や虚しさに襲われることもあろう。そんな時には目先を変えることで心の安定を保てるかもしれない。著者は人生を「あれか、これか」の選択ではなく「あれも、これも」や「あれとか、これとか」など多様な選択肢を持つべきだ。「一途」や「一筋」のカッコよさを捨て、みっともなくても自分に素直に生きる。気を張る「表舞台」だけでなく、心が休まる「楽屋」が必要と唱える。病んだ心象風景が多い現代には、精神科医からの貴重な助言だろう。(T)

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