勇ましい時代に読む戦場の現実 大岡昇平著『野火』
この12月で日本軍の真珠湾攻撃から80年を迎えたせいもあり、日米開戦前夜の日本国内を振り返る番組が何度か放映された。改めて感じるのは、現在の状況がどんどん開戦前夜に近づいているのではないかという不安である。外国との関係がこじれれば、勇ましい声が大きくなる。国内で主流の正義を振り回す。もちろんすぐに戦争を意味しないにしても、軍事的な緊張を高めることをためらわない「毅然とした態度」を正しいとしている。そうした人々にとって戦争とはどんなイメージなのだろうか。アメリカの勝利で終わる華々しいハリウッド映画しかないように思える。
現実は、大岡昇平著『野火』の世界が近いのではないだろうか。本書は、太平洋戦争末期のフィリピンで日本軍兵士たちが極度の食料不足から、人肉を食べるまでに転落する姿を描く。極限状況に追い込まれると、人間は生きるために何も厭わないことを実感させられる。実際に戦火を交えなくても緊張関係が高まっただけでも、海外に食料やエネルギーを依存する我が国は、飢餓状態に陥りかねないことを忘れてはならないだろう。