海と格闘した著者の執念 角幡唯介著『漂流』③
本書を1冊の本としてどう評価するか難しさを感じるところがある。宮古島・佐良浜出身の漁師が瀕死の漂流から生還した「事件」の後、再び海に出て姿を消すという物語の骨格はすでに最初の数十ページでほぼ明らかになってしまう。本人が遭難したとみられて久しいから、直接話を聞くことはできない。さて、この後どう話を展開させるのだろうと思った。
佐良浜出身の漁師や地元の歴史に詳しい人と会って遠洋漁業の歴史を紐解き、さらに最初の漂流で同じ漁船に乗っていたフィリピン人船員や、救出した関係者のもとと訪ねて証言を得る。これ以上話を聞いても目立った事実は出てこないだろうと読み手が感じるようなところまで、徹底的に「事件」の細部を詰めていく。ついには、著者自身が、「事件」と同じようにグアム島を基地とした船に乗り込みマグロ漁を体験する。こうして650ページを超える(文庫版)に仕上げる。
著者は「あとがき」で「海を書きたかった」と記す。何という壮大な挑戦を試みたのだろう。たいていの書き手は尻込みしてしまうに違いない。通常、ノンフィクションでは具体的な人や社会テーマに絞って書くのが常識。海という巨大で捉えどころのないものを扱おうとするなんて何て無謀なことではと個人的にも思う。しかし、650ページもの大著を飽きさせることなく読ませたということは、著者の試みは成功しているといえよう。