変身願望と猜疑心に満ちた日本の行方 平野啓一郎著『ある男』

 本書の物語は人物が入れ替わった事件の発覚から始まる。もし、これが現実に起きれば、たいていの人は「騙された」と思うだろう。ところが、別人になりきっていたという極端な例でなくても、本来の性格や気質とは別の人間を演じていることは十分ありうる。日本文化には別人になりたいという願望が潜んでいるかもしれない。建て前と本音の使い分けが根づいている。コスプレや変身ヒーローものがウケることとも関係がないともいえない。大なり小なり、いろいろな仮面をかぶって生活し、演技している面はあるはずだ。現代において、生まれた土地で一生を過ごすことはまれだから、見知らぬ土地に引っ越す機会に仮面を付け替えたいと考えても不思議はないだろう。

 しかし、仮面を自分で使い分ける時は楽しいが、仮面か素顔か分からず惑わされる側は心地悪さを覚える。仮面を素顔と読み誤って人生の大きな決断をした時には人生を大きく狂わされかねない。さまざまな情報が恐ろしい速度で飛び交う時代では、じっくり吟味する時間をとることは難しいかもしれない。だから、時にはためらいながら決断し、時には何の疑いもなく決断した後、じわじわと疑問がわくことがある。本書の読後に感じる後味の悪さは、そういう不安定さと猜疑心を抱えて生きざるを得ない現代をあぶりだしているせいだろう。こうした時代にどう生きるべきか。本書に登場する女性が唱えた「人生三勝四敗」主義が処方箋の1つかもしれない。人生悪いことばかりではない。裏切られ、騙され、少しくらい負けが込んでもいいではないか。身の回りでは良いことも起きているではないか。(T)

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