戦争と重なる伝染病の恐怖 カミュ著・中条省平訳『ペスト』

 今、世の中はようやく新型コロナウイルスから解き放たれ自由を謳歌しているように見える。非常によいことだが、苦しめられ続けた3年余りを振り返り分析する動きは今のところ見えない。多くの人々から貴重な時間や愛するモノを奪ったあの現象は何だったのか、防いだり影響を小さくしたりする手段はなかったのか、何を学ぶべきか。こうした問いに向き合わないまま、社会が動き出していることに不安を覚える。

 本書は、タイトルのとおり新型コロナウイルス以上に恐ろしい感染病・ペストが発生、まん延し収束するまで、小さな一都市で起きた人間模様を描く。感染病と人間の関係は一言で言い表せないが、戦争と重なる部分が小さくないと思う。砲弾や銃弾は飛び交わないものの、人々はいつ自分が標的となり命を失うか分からない。行動や精神の自由は奪われて不信と不安に取りつかれ、人間的な感情を失う。そして収束後、生き延びた多くの人々は歓喜に酔いしれる一方、多くの痛手を負って愛するモノを失った人々にとって伝染病は終わらないという事実が残る。まさに、今浮かびあがる社会の構図である。(T)

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