王国の成り立ちとの関連は? 「琉球と倭寇のもの語り」

 沖縄県立博物館で開催されている企画展「琉球と倭寇のもの語り」(11月19日まで)を見てきた。タイトルから、琉球と倭寇がどのように交錯したかというテーマに注目したが、展示の説明文を読むかぎり、琉球と倭寇の間にあまり接点がない。琉球王国が倭寇対策として防備を固めたものの、倭寇が沖縄に来たという記録はほとんど見当たらないという。

 琉球は正規の貿易、倭寇は密貿易や海賊行為と質は異なるものの、中世の同じ時期、同じ東アジア海域を舞台に活発に往来しながら、接点が少ないのは逆に不自然なようにも思える。また、沖縄は12世紀まで長く貝塚時代(採取生活)が続いた後、倭寇活動が活発化する14世紀から15世紀にかけて、急速に国家形成に向けて動き出したことを考慮すれば、倭寇など外部から強い影響があったと考えるのは自然だろう。琉球王国の創設者は日本から移り住んだ家系の者という説をとる専門家もいる。(T)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です