本土と沖縄で基地負担の逆転はなぜ? 川名晋史著『在日米軍基地』④

 事実とは異なるさまざまな誤解や憶測が米軍基地をめぐっては飛び交い世間では信じられているが、本書ではその問題点も指摘する。中でも重要なのが、戦後ずっと米軍基地が沖縄に集中してきたというイメージである。沖縄に基地を配置することは軍事戦略上の合理性があるとする主張につながる。だが、現実には戦後しばらくは米軍基地の比率は沖縄より本土が圧倒的に高かった。1960年代後半から沖縄の比率が上昇し始めて1970年前後に本土の比率を逆転し、1970年代の後半から米軍基地の沖縄集中が固定化されるようになった。

 このように本土から沖縄へ基地集中が移ったことについて、本書では複数の要因が同時に働いたとみている。1つには1960年代後半における本土の反基地運動だ。佐世保港で原子力潜水艦の放射能漏れ疑惑が起き、九大校内で戦闘機が墜落するなど、本土では米軍基地への反感が高まりつつあった。これを和らげるとともに、ベトナム戦争の戦費などによって膨らんだ米国の財政赤字を減らすため、本土の米軍基地を整理・再編する動きが始まる。同時に在日米軍の撤退が進みすぎることによって、ソ連など周辺国に対する抑止力が低下することを日本政府が危惧し、米軍、特に海兵隊は撤退・縮小の計画に強く反発した。これらの結果、まだ米軍の自由裁量がきく施政権返還前の沖縄へ、本土の基地機能が移され普天間基地などで海兵隊が増強されることになる。

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