非常事態を無抵抗で受け入れる怖さ 國分功一郎著『目的への抵抗』 

 表題は何とも哲学的で抽象的な印象を受けるかもしれないが、本書が考察の対象にするテーマは至って具体的である。昨年まで日本のみならず世界中を苦しめたコロナ禍のような時代をいかに生きるべきか、である。自粛期間中に行政が盛んに唱えた「不要不急」を取り上げ、その対極に「目的」を位置付ける。生存に欠かせない行為や社会基盤の維持に必要な活動など「目的」がなければ、「不要不急」と見なされ自粛の対象になったが、本当にこれが正しかったのか、「目的への抵抗」が必要でなかったか著者は問いかける。

 確かに、感染拡大を最小限に抑え医療体制を守るために「不要不急」の自粛はやむを得なかった面はある。しかし、行政が提示した自粛策はすべて受け入れなければならなかったか。「不要不急」と呼ばれるものの中には、人類が長年かけて手にいれた自由や個人の尊厳など、人間が人間であるための大切な権利や思いが含まれる。感染予防の号令がかかったからといって、そういった権利や思いを無抵抗、無思考で手放してよかったか疑問を呈し、さらに重要な指摘をする。

 目的を達成するために生活の中で人間らしい部分を安易に切り捨てる傾向は、コロナ禍以前から進んでいるという指摘である。非常事態を乗り切るという目的のために市民の権利を制限しようとする法整備が政治家の間で唱えられる一方、私たち一般国民の間でも「コスパ」「タイパ」に象徴されるように、目的達成に直接かかわらない行為や時間をそぎ落とそうとする試みは強まっている。(T)

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