語られなかった旧日本軍の蛮行

 スパイ疑惑、避難壕からの追い出し、食料の略奪、虐殺など、旧日本兵の沖縄住民への蛮行は、個人的な手記から市町村・県史に至るまで各種の出版物において多数の証言が掲載されている。しかし、そうした実態は本土ではほとんど知らされていない。私自身も、沖縄に移り住むまでほとんど聞いた記憶がない。

 なぜか。地方の情報は中央をはじめ他地域に伝わりにくいという一般論だけでは片づけられない。福間良明著『焦土の記憶』(新曜社 2011年)を読むと、伝わらない理由の一つが示されていると思う。著者は、本土復帰を望む沖縄側が旧日本軍の蛮行について記述を抑えたと指摘する。

 太平洋戦争後、沖縄では、直接の統治者である米軍によって、住民への容赦ない差別や、民間地の強制収用が横行する中、人権と平和を保障する日本国憲法を求めて本土復帰運動が始まる。しかし、その際、沖縄で旧日本軍が蛮行を繰り返したことを声高に叫んでいては、本土側が気分を害し本土復帰に支障を来たしかねない。そうした心配をした人々が、旧日本軍に関する記述を控える傾向がみられた。

 もちろん、沖縄側は本土への「忖度」一色ではなく、さまざまな動きや感情が渦巻いたが、復帰後も、経済的に遅れた沖縄への支援を引き出すために、旧日本軍の責任について積極的に語ることを避ける雰囲気は続いたといえよう。また、沖縄が一方的に「忖度」しただけでなく、本土側も、中央政府の権力者を中心に、蛮行の歴史を語ろうとする人々を無視するどころか、「自虐史観」「敵国の回し者」として敵対視する向きもある。

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