『エレクトラ 中上健次の生涯』

 これを書かなければ生きていけない。「魂の渇望」を原動力に小説を書いた作家がかつて存在し、そのような作家が現在、どれだけいるか。『エレクトラ 中上健次の生涯』(高山文彦著 文藝春秋)を読んで感じるところである。もちろん、作家本人の資質だけでは小説は生まれない。

 被差別部落の複雑な人間関係や熊野がはらむ独特の地域性との化学反応も欠かせないが、同書の中では、作家の卵と編集者の間で激しいやりとりが交わされ目をひく。たとえ、素晴らしい輝きを秘めた小説でも、原石のままでは市場に出せない。しかし、市場にのりやすいように加工しすぎると、原石が輝きを失いかねない。どこまで手を加えるべきかをめぐり、作家と編集者がぎりぎりのせめぎあいを続け、時には取っ組み合いの喧嘩寸前にまで至る。小説が世に出るまでには、そういった作業が必要なことを同書は語る。(T)

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